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LIVE REPORT

シャルル・アズナヴール

生誕94周年 特別記念 来日コンサート

2018.9.17 mon. NHKホール<振替公演>
open 18:00/start 19:00

シャルル・アズナヴール、奇跡の来日公演ふたたび
そこには、情熱と愛と喝采が満ちていた

2016年に来日公演を行ったときに題したのが、「最後の日本ツアー2016」。シャンソン界の大老ことシャルル・アズナヴールは、そのとき92歳だった。誰もが、その言葉を胸に受け止め、レジェンドと呼ばれる姿を瞼に焼き付けようと会場に足を運んでいた。でも、当時から年齢を感じさせないステージングを目にし、訪れた人たちは、出来ればこの出会いを次にも繋げたいと願っていた。その想いは、シャルル・アズナヴール自身も感じていたのだろう。
あれから2年の歳月が経過、94歳になったシャルル・アズナヴールはふたたび日本の地へ降り立った。今回の公演に記されたタイトルが「日本中のシャンソンファンの願いが届いた“奇跡の来日公演”再び」。まさに、その名の通りである。同時にそこには、もう一つの嬉しい奇跡があった。
本来は5月に行う予定だった来日公演だったが、腕の骨折により長時間のフライトを医師から禁止されたことにより、公演は延期。約4ヶ月後の開催に相成った。

取材に訪れたのは、9月17日(月・祝)東京・NHKホール公演。会場に足を運んでいたのは、シャルル・アズナヴールよりは少し年齢層の若いシニア世代の人たちが中心。銘々にお洒落をして訪れていたように、新たな人生を楽しく謳歌している人たちを多く見かけた。中には、親子で来た人たちも。もちろん、子供も相応に年齢を重ねているように、若い時期にシャルル・アズナヴールの音楽に親しんでいた親へのささやかなプレゼントとして一緒に足を運んでいたのだろうか?? そこは、想像に委ねよう。
ロビーや客席から漏れ聞こえる会話の中からは、長時間のフライトを含め、シャルル・アズナヴールの体調に気を遣いながらも、年齢が年齢だけに、どこまでベストなライブが出来るかを心配する声も。別のとらえ方をするなら、90代にも関わらず現役でステージに立ち続けるシャルル・アズナヴールの姿を、自身の活力に変えていたようにも感じれた。

拍手へ呼ばれるように、シャルル・アズナヴールが舞台へ姿を現した。スポットライトが眩しかったのか、額に手を当て、光を遮りながら客席を眺めだす。
コンサートは、薄闇の中へゆっくりと光を射すように、穏やかな音色に乗せた『LES EMIGRANTS』から幕を開けた。温かな旋律の上で、シャルル・アズナヴールの明るい歌声が響き渡る。始まりを告げる心地好い演奏へ寄り添うように歌いながらも、その声は少しずつ熱を帯びてゆく。いつしかその歌声は、演奏を牽引する強さに変化。歌い終わり場内から起きた大きな拍手と喝采。シャルル・アズナヴールの表情は、いささか紅潮していたようにも見えていた。

 1曲歌い終わるごと短いトークを挟む形で、ステージは進行。音の波紋が広がるようなゆったりとした演奏へ、熱を秘めた歌声を重ねドラマを描き出した『JEN’AI PAS VU LE TEMPS PASSER』。語るように歌いながら、沸き上がる情熱を解き放った『PARIS AU MOIS D’AOUT』。『VA』では、椅子に浅く座り、方肘をつきながら、男の色気を漂わせ歌う姿も見せていた。甘いだけではない、熱を持った歌声に心が蕩けてゆく。
優しく身体を揺らすリズムに導かれ、立ち上がった姿勢のまま椅子へ寄り掛かり『LA VIE EST FAITE DE HASARD』をおおらかに歌えば、熱く美しい音の調べを奏でる『TU NE M’AIMES PLUS』へ心を寄せ、深みのある歌声で会場中の人たちを抱きしめてゆく姿も。軽快に弾む演奏の上で、想いを馳せるようにシャルル・アズナヴールは『VIENS M’EMPORTER』を歌唱。心地好く跳ねる楽曲の中へ、あえて哀愁を覚える歌声を重ね、深みを持ったドラマを描き出す手腕は流石だ。

これまでのバンド演奏から趣きを変え、哀切さを漂わせるピアノの音色へ寄り添うように、悲哀を持った声で歌ったのが『AVEC UN BRIN DE NOSTALGIE』。郷愁を運ぶ演奏の上で切々と歌いながらも、気持ちが昂りだしたのか、その声には次第に熱が加わりだす。その不思議な駆け引きから目を、心の視線を離せない。
表情は一変。パッションみなぎる『MON AMI MON JUDAS』の登場だ。力強い演奏に負けじと、シャルル・アズナヴールも勇ましい声で歌いだす。あふれ出る情熱をぶつけるように歌う様の、なんと雄々しかったことか。煽るように歌う姿に触発され、観客たちもいつしか胸にパッションを覚えていた。

 1曲ごとに多彩なドラマを描き出すシャルル・アズナヴールのステージ。『MOURIR D’AIMER』(『愛のために死す』)では、彼の持ち味とも言える哀愁と浪漫を携えた楽曲を、満天の星空を背景に歌いだした。彼の歌声に涙腺が刺激されたのか、瞼を滲ませ舞台を注視する人たちも。その歌声は、涙誘う映画のクライマックスシーンを味わう気分にさせてくれた。コンサートはまだまだ中盤。にも関わらず、心揺さぶる歌へ気持ちが強く惹かれてゆく。
『JE VOYAGE』(『私は旅する』)では、コーラスを担当していた若い女性と一緒にデュエット。先と同じく星空を背景に、互いに想いを語りながら。しかもシャルル・アズナヴールは女性の腰にさりげなく手を添え、共に顔を寄せ合い歌っていた。男の色気漂うその様の、なんてダンディ(妖しい美しさ)だったことか。男というもの、幾つになっても女性の前では年齢を失くしてしまうという証拠だ。

青春はあっと言う間に過ぎてゆくと歌った『SA JEUNESSE』(『青春という宝』)では、ふたたびピアノと歌声を重ね合う姿も魅せれば、『DESORMAIS』では力強く真っ直ぐな声で高らかに歌う様も描き出していった。そして…。
映画『ノッティングヒルの恋人』の主題歌としてカヴァーしたエルヴィス・コステロのバージョンも有名な『SHE』を披露。とてもムードにあふれたロマンチックな楽曲のように、会場中の人たちもシャルル・アズナヴールの歌声へ想いを寄り添えるように耳を、心を傾けてゆく。シャルル・アズナヴールの歌声に熱を覚えたのは、彼自身も陶酔し歌っていたからだろうか? 『AVE MARIA』のときに見せた、遠くを見つめながら想いを馳せるように歌う表情。その視点の先に捉えていたのは聖母マリアの姿か、それとも…。慈愛に満ちたその歌声は、会場中の人たちの心にもジンッと染みていた。

心地好くスウィングする演奏に身を預け、みずからも軽快にステップを踏みながら歌ったのが『LES PLAISIRS DEMODES』(『昔かたぎの恋』)。始まりこそ椅子に座りながらだったが、次第に熱を増す演奏に合わせ立ち上がり、いつしか歌いながら一人ダンスに興じてゆく姿も。その様に触発されたのか、会場中の人たちも手拍子を彼に贈っていた。大きくスウィングする演奏、次第に力を増す手拍子。何より、みずからの右肩を左腕で抱きながら、愛しき人とダンスに興じるように歌う様へ、誰もがうっとりとした視線を向けていた。
 その歌声に、心が吸い込まれてゆく。映画『ハッスル』の挿入歌としても流れていたバラード『HIER ENCORE』を哀愁味たっぷりに歌いあげ心酔わせたかと思えば、ふたたび軽妙にステップを踏みながら、沸き上がる手拍子に合わせ『MES EMMERDES』(『想い出をみつめて』) を軽やかに歌う様も見せていた。1曲ごと巧みに表情を変えながら。それぞれの歌が持つ物語へ観客たちを招いては、一緒に様々な恋物語や人生観を味わう楽しさや喜びを彼は教えてくれる。

コンサートも終盤へ。凛々しく、雄々しく、情熱をぶつけるように歌い語った『COMME ILS DISENT』。同じく、情熱的なフラメンコギターの音色に気持ちを熱く掻き立てるように歌いあげた『LES DEUX GUITARES』(『二つのギター』)では、ズンチャズンチャと流れる陽気なリズムに合わせ、シャルル・アズナヴールと観客たちが二つ(互い)の気持ちを寄せ合う光景も。白いハンカチを手に、人生を謳歌するように朗々と歌う『LA BOHEME』(『ラ・ボエーム』)に心奪われれば。最後は、情熱を掻き集めるように『EMMENEZ-MOI』(『世界の果て』)を熱唱。94歳とは思えないその迫力を持った歌声に、会場中の人たちが触発され、心に歓喜の想いを沸き上がらせていた。

 歌い終わったシャルル・アズナヴールに向け贈られたスタンディングオベーション。観客たちが次々と舞台前へ駆け出し、手にした花束やプレゼントを彼に手渡してゆく。その一つ一つの真心(プレゼント)を、彼は笑みを浮かべ受け取っていた。鳴り止まぬ拍手と歓声を背にゆっくりと舞台を下りたシャルル・アズナヴール。会場に明かりが灯るまで、その拍手と歓声は続いていた。

1時間45分、一切止まることなく歌い続けた体力や、衰えるどころか次第に迫力を増していった歌声に感嘆するのはもちろん。何より、幾つになっても愛と情熱と歌を胸に人生を謳歌し続けてゆく姿へ元気と歓喜を授けられたコンサートだった。その生きざまは、一人一人の明日を描く糧となる。その歌声が、閉まっていた情熱をふたたび沸き立てる。家路に着く人たちの笑みを浮かべた表情に薄紅が差していたのも、納得だ。

[TEXT by 長澤智典]
[PHOTOS by SOSHI SETANI]


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